大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所丸亀支部 昭和34年(ヨ)61号 決定 1959年10月26日

申請人 松浦塩業組合

被申請人 松浦塩業工場労働組合

主文

被申請人は、その所属組合員をして、日本専売公社職員並びにその委嘱した鑑定人が塩業整備臨時措置法に基いて塩業整理交付金の査定をするため及び申請人の役職員がその指示説明をするため、別紙第一目録記載の土地のうち別紙図面赤斜線内の土地並びに別紙第二目録記載の建物のうち別紙図面赤横線内の建物に出入して資産確認、現地調査等をすることを妨げてはならない。

申請人のその余の申請はこれを却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人訴訟代理人は、

別紙第一目録記載の土地のうち別紙図面赤斜線内の土地並びに別紙第二目録記載の建物のうち別紙図面赤横線内の建物に対する申請人並びに被申請人及びその組合員の占有を解き申請人の委任する高松地方裁判所所属執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は、申請人の申出があるときは、申請人に右各物件を保管させることができる。

被申請人及びその組合員は申請人に対する団体交渉のため別紙第二目録記載の事務所に立入る外、右第一項の土地建物内に立入つてはならない。

被申請人及びその組合員は左の各号の妨害となる一切の行為をしてはならない。

(一)  塩時整備臨時措置法関係事務規程による公社職員並びに鑑定人及び申請人が別に委嘱した鑑定人が調査のため右第一項の土地建物内に立入ること

(二)  申請人の役職員松浦伊平、綾井金市、海老名信一、森竜雄、吉井久雄、浜田芳夫、長尾秀信、森崎一男、杉尾辰巳及び山中よしのが申請人の清算事務並びに前記調査につき指示説明の必要上右第一項の土地建物内に立入ること

(三)  申請人が別紙第二目録記載の製塩工場よりかん水汲取パイプによりかん水を搬出すること

執行吏は前項の命令の目的を達成するため必要な措置を講じなければならない。

との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

当事者双方の提出した疏明資料により一応認定した事実関係並びにこれに基く判断は次のとおりである。

一、被申請人が争議を行うに至るまでの経過

申請人(以下「申請組合」という)は昭和三十年四月、申請外松浦工業株式会社より別紙目録記載の土地建物を賃借し、資本金三千八百万円を以て設立され、従業員百十名を以て製塩業を営んでいたが、今次塩業整理のため施行された塩業整備臨時措置法(以下『措置法』という)に基き同三十四年九月三十日を以て事業閉鎖を行うことを決定し、右措置法第二条に従い日本専売公社に対し同日附を以て塩及びかん水製造廃止の申請をなし、ついで同年八月二十八日、全従業員に対して同年九月三十日を以て解雇する旨の予告をすると共に、日本専売公社への申請額と同額の退職金(右措置法第二条によれば、今次の廃止業者に対しては政府より塩業整理交付金が支給されることになつており、そのうちには廃止に伴つて必要とされる従業員の退職金を支払うための費用が含まれていて、廃止業者は日本専売公社への右交付金交付請求書に右の金額をも申請することになつている)の外、手当、賞与金として本俸の一ケ月分を支給することを決定したところ、従業員中に、申請組合の決定した右退職金は、公社からの交付金にすぎず、これは申請組合の一般退職金規定の有無に拘らず、国の責任において支給される従業員の転業資金的なものであるから、これとは別に申請組合の退職金規定に基き申請組合からも退職金を支給すべきであるとするものがあらわれ同年九月十五日これらの従業員二十三名が被申請人組合(以下『被申請組合』という)を結成し(それまで申請組合の従業員は労働組合を結成していなかつた)直ちに被申請組合は申請組合に対し

(1)  申請組合の専売公社に対する前示交付金の申請額を公表すること。

(2)  右交付金の配分は申請組合、被申請組合双方合意の上決定すること。

(3)  退職金算定の基礎となる勤続年数に申請外松浦建設株式会社に移籍中の期間が算入されない旨裁決せられた場合該年数については公社案に準ずる退職金を申請組合の責任において支給すること。

(4)  公社から交付の退職金の外、申請組合は就業規則の三倍の退職金を解雇と同時に支給すること。

(5)  申請組合側の都合により休業した昭和三十三年一月七日より二十日まで十四日間、昭和三十四年二月十八日より同年三月四日まで十五日間については就業規則給与規定二五条附表の休業手当を十月分給料と同時に支給すること。

(6)  右給与規定二五条の家族、通勤手当等を支給すること。

(7)  昭和三十三年末及び昭和三十四年夏期手当として併せて二ケ月分を支給すること。

の七項目を要求して同年九月十六日、同月二十二日の二回に亘り申請組合と団体交渉をしたが、申請組合に誠意がないとして交渉を打ち切り、同月二十二日午後三時より無期限ストに突入した。

二、争議の状況

被申請組合は争議に入るや組合員をして別紙第二目録記載の建物のうち、事務所前に赤旗を立て、蒸発缶室(真空缶室)タンク室、受配電室(電気室)、包装室、汽缶室(ボイラー室)を含む製塩工場全部を占拠し、ボイラーの蒸気を止めまた製塩工場内の電源を全部切るなどさせて製塩工場関係のあらゆる作業を停止しこのため就業中の非組合員が従業することができなくなつたので、申請組合の指示により、真空缶、ミキサー、遠心分離機等に残つている塩を搬出するため、製塩工場内に這入らうとするや更らにボイラー室入口を除く全入口を内部より厳重に閉鎖しそのボイラー室に被申請組合員全部が集まり気勢を挙げてこれが入場を阻止した。そこで申請組合は日本専売公社よりすでに許可を受けていた塩及びかん水製造廃止期限の九月三十日を同月二十三日に変更した旨届出ると共に右二十三日塩専売法による塩及びかん水の製造を廃止して解散し、解散予定日である同月三十日、非組合員である従業員に対しては一人宛に直接解雇を申し渡し辞令を交付して同日までの給料を支給したが被申請組合員において個々の交渉を拒むので、同組合員全員に対しては一括解雇を申し渡してこれが辞令を手交しようとしたところ、該辞令を無用であるとして一括返上したが解雇による失業保険を受けられるようこれが手続を申請組合に依頼すると共に離職票用紙を受領しその受払簿に全員住所氏名を記入のうえ捺印しまたスト突入の九月二十二日までの賃金も受領した。然るに同月二十五日日本専売公社高松地方局員真鍋守雄外五名が右措置法に基いて廃止日における塩及びかん水製造の用に供されていた固定資産の数量及び塩かん水の現在量を確認するため、製塩工場内に這入らうとしたところ、被申請組合員全員が製塩工場の全入口を閉鎖して右公社職員の入場を拒否して右確認を不可能ならしめ、また同月二十九日申請組合が日本専売公社の許可を得て、かん水を搬出しようとしたところ、被申請組合員約十名がかん水積出口を占拠して右積出業務を妨害し、さらに同年十月九日、日本専売公社高松地方局三浦課長以下八名が措置法に基く塩業整理交付金査定のための現地調査を申請組合事務所において始めたところ、被申請組合員約二十名が右事務所内に這入つて右公社職員にその調査の中止を要求し、或は事務所周辺に集つて自転車のベルを鳴らしたりドラム缶や鉄管屑等をはげしく叩く等絶え難い程の噪音をたて、調査を妨害したりした。このため申請組合は現在に至るまで製塩工場内にあるかん水の搬出並びに清算事務及び措置法に基く専売公社職員による固定資産等の確認、現地調査等を了することができない状態にあるものである。

三、被保全権利の存在

ところで、従業員が解雇せられた場合には、原則としてこれによつて労働関係が終了すると解すべきであるが、被解雇者が未払賃金、退職金等の支払を求めている場合には、従来の労働関係が未だ清算されていないということができるから、その範囲において、従来の従業員たる地位が存続しているものというべく、従つて被解雇者の団体も右の限度において使用者に対し団体交渉を要求し、場合によつては、デモ等の団体行動をなすことも当然許されるものと解すべきである。しかしながら使用者が全従業員を解雇すると共に解散して企業を廃止したような場合においては事業継続中の場合と異り労働者においてストライキ、サボタージユ或は工場占拠等の争議手段は、争議行為によつて阻害さるべき正常な業務が存在しないことからみて、これを行う余地がないものというべきであり、このことは争議中に使用者が全従業員を解雇すると共に解散して企業を廃止した場合においても、右の全員解雇が使用者側の争議手段として行われたものではなく真に企業を廃止するために行われたものである限り、同様であつて、被解雇者は右解雇解散後においてはもはやストライキ、サボタージユ或は工場占拠等の争議手段はこれを行うことができないものといわなければならない。

これを本件について考えてみるに、申請組合が九月二十三日を以て解散したのは、今次の措置法に基く塩業整理に呼応して真に企業を廃止するためのものであることは前認定の事実経過に徴して明らかであり、現に日本専売公社から塩及びかん水の製造廃止の許可を受けているのであるから申請組合はもはや塩及びかん水の製造事業をすることは許されなくなつたものというべく(塩またはかん水の製造廃止についてはいずれも公社の許可を要する)従つて申請組合の解散後は被申請組合において争議中であることを理由とし、前述の如き状況のもとに申請組合の工場を占拠し、以て同組合による工場内にあるかん水の搬出、事務所における清算事務、措置法に基く専売公社職員による工場敷地、建物等の固定資産等の確認、現地調査等の業務を妨害することは到底正当な争議行為とはいえないものといわなければならない、そうすると、申請組合は右工場の敷地及び建物の賃借権に基いて、被申請組合に対しこれが妨害の排除及び予防を請求し得る被保全権利を有するものというべきである。

もつとも、被申請組合が現に占拠しているのは上述のとおり別紙第二目録記載の建物のうち事務所を除く製塩工場だけにすぎないが、右事務所並びに別紙第一目録記載の土地のうち別紙図面赤斜線部分の右工場敷地についても、前記認定の争議の経過からみると、被申請組合側からの妨害を受ける虞があるものということができる。

四、仮処分の必要性

以上の次第であつて、申請組合は被申請組合に対し本件土地建物の妨害排除並びに予防を求める権利を有することは明らかであるが、申請組合がすでに解散し、本件土地建物内で本来の業務を営んでいないことは前述のとおりであるから、申請組合のかん水の搬出、清算事務が多少おくれることがあるとしても、被申請組合が占拠する製塩工場を今すぐ仮処分によつて同組合からの占有をとりあげ申請組合に明渡さなければならない程のさし迫つた必要性があるものとは考えられずまたこれを認めるに足りる十分な疏明はないけれども、申請組合は解散当時農林中央金庫、農村漁業金融公庫その他市中銀行から約四億七、八千万円を借用しておりその利息として毎月約四百二、三十万円を支払つている状態であるが措置法に基く塩業整理交付金が交付されると、大体右債務の支払ができ従つて利息の支払を免れ得る見透しであるので、すでに日本専売公社に対し右交付金交付請求書を提出して、公社職員による申請組合の資産確認、現地調査等を待機していること、一方右交付金は公社が交付金交付請求書を提出した廃止業者に対して遅滞なく資産確認、現地調査、鑑定人による鑑定等の方法により製塩施設等を適正に審査した上決定しなければならないものであること、しかるに前述のとおり被申請組合によつて公社職員による右の調査、確認等が妨害せられ、交付金の審査決定ができず、申請組合はいつまでも多額に上る利息の支払をしなければならない状態にあることがうかがわれ、以上の事実に徴するときは、この儘では申請組合は著しい損害を被る虞があるのでそれを避けるため主文記載の限度において本件仮処分をする必要性があるものと解すべきである。

五、結論

よつて本件仮処分申請は右の限度において正当であるから、以上説明の事情に鑑み、保証をたてさせないでこれを認容するがその余は失当であるからこれを却下するものとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 太田元 塩田駿一 長西英三)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例